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【顔画像】大野将平の家族構成まとめ!母は書道の先生で父親は?兄は警察官でエピソードも

2016年リオデジャネイロ五輪の柔道で金メダルを獲得した大野将平さん、ますます体を鍛えて強くなっています。

大野将平さんは7歳から柔道を始めていますが、柔道を始めたきっかけは家族にありました。

今回は大野将平さんの家族構成と家族とのエピソードについて紹介します。

大野将平の家族構成はこちら

大野将平さんは1992年2月3日生まれ、2021年現在29歳です。

大野将平さんはの家族構成は4人家族です。

  • 父親
  • 母親
  • 大野将平さん

それぞれ確認していきましょう。

父親とのエピソード

お父さんは、大野将平さんの実家の山口県山口市に住まれている可能性が有ります。

ご両親についてのエピソードをご紹介します。

両親は上京を反対

柔道が強くなりたかった大野将平さんは、中学校から東京の有名な柔道私塾「講堂学舎」に行くことを決めます。

将平君も自分も小学校を卒業したら東京に行くと言い出しました。
しかし、ご両親も賛成はせず、体重がもう10㎏大きくなったら試験を受けてもいいと話されました。

(引用:大野将平出身小学校「楽たま通信」より)

小学校の先生が「ご両親」とお話されているので、お父さんは健在だとわかります。

そして両親このような条件を出されます。

1年間で10kg体を大きくしたら入門しても良い

体が小さかった大野将平さんは1日4食にし、見事10㎏増やすことに成功。

「講道学舎」に入門する事が出来ました。

母親は文子で書道の先生

大野将平さんのお母さんのお名前は「文子さん」です。

お母さんは、習字の先生をしているようです。

お母さんは現在、上東で習字の先生をされており本校の子供もたくさん通っています。(引用:良城小学校「楽たま通信」より

大野将平選手は柔道を始めたキッカケについて

親戚のおじさんが、道場の先生だった

と語っています。

お母さんは柔道の入門の厳しさを知っていたようなので、お母さんの家族が柔道を経験していたのではないでしょうか。

母とのエピソードはこちら

  • お母さんは上京して講道学舎へ入門するのを反対していた。
  • 練習が辛いときお母さんの言葉が励みになった。

それではお母さんとのエピソードについてご紹介します。

母は東京に行ってほしくなかった

大野将平さんは東京の「講道学舎」に入門するため、中学校から上京したいとお母さんに相談しました。

お母さんは、体格が小さかった大野将平さんが「講道学舎」の厳しさに耐えるのは難しいと引きとめたそうです。

将平は本当にここまでになるとは思いもしなかった、東京にも行ってほしくなかったが、最終的には本人の意思に任せてきた。

大野将平さんがここまで強くなるとは思ってなかったと話しています。

母の言葉が励みに

上京して「講道学舎」に入門した大野将平さんは、練習が辛くて毎日泣いていたと言います。

辞めたいと何度も思ったそうですが

行ってもどうせ辞めて帰ってくる

お母さんに言われたこの言葉に負けたくなくて、辞めずに耐えたと言います。

またお母さんは、入門試験で10人中8番手だった大野将平さんにこう言いました。

一年で一人ずつ抜いていきなさい

言われたとおりに実行していった大野将平さんは、同級生をどんどん抜かして学年1位にのぼりつめました。

【顔画像】兄は哲也で警察官

大野将平さんの2歳年上のお兄さんの名前は「大野哲也」さんです。

お兄さんは2021年現在31歳で、山口県で警察官をされています。

結婚されていて2017年にお子さんも誕生しており、大野将平さんのインスタグラムにたびたび姿がのっています。

甥っ子さんは友彰(ともあき)くんという名前で、大野将平さんはとても可愛がっているようです。

 
 
 
 
 
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友彰くんが柔道をする日も来るかもしれませんね。

兄は柔道が強かった

お兄さんは子供の頃から柔道を習い、小学生の頃は全国大会で上位にいくレベルの強さだったそうです。

そんなお兄さんは「講道学舎」からスカウトされて入門し、柔道の名門「天理大学」に進んでいます。

警察官になってからも柔道は続けていてるようで、2012年度と2014年度に、「山口県柔道体重別選手権90㎏級」で優勝しています。

兄とのエピソードがこちら

大野将平さんのインスタグラムには、お兄さんとの子ども時代の写真がのっています。

子どもの頃は兄弟一緒に「松美柔道スポーツ少年団」で柔道を習っていました。

お兄さんとのエピソードはこちらです。

  • 上京して「講道学舎」に入門したきっかけはお兄さん。
  • 強いお兄さんと比べられるのが嫌だった。
  • お兄さんと同じ高校と大学に進学した。
  • 大野将平さんの得意技である「内股」はお兄さんが仕込んでくれた。

それでは詳しくご紹介します。

兄を追って上京

お兄さんは中学校から「講道学舎」にスカウトされて、先に上京していました。

それをきっかけに大野将平さんもお兄さんの後を追って上京します。

大野将平さんはこのように話しています。

先に上京していた兄がとても強かったので、自分も兄と同じ道を辿って東京に行けば強くなれると思っていたんです。

強いお兄さんに憧れていた大野将平さんは、自分もそこに行けば強くなれると思ったそうです。

「大野の弟」と呼ばれるのが悔しかった

「講道学舎」では、強いお兄さんと比べられるのが嫌だっと大野将平さんは話しています。

兄は強かったので憧れの存在でした。でも、どうしても比べられて、6年間はずっと「大野の弟」という呼ばれ方をしていました。

それが悔しくて。その気持ちと根性だけで、6年間、講道学舎にいたという感じです。

「大野の弟」と呼ばれる悔しさをばねにして、辛い練習に耐えたそうです。

兄と同じ進路をたどる

大野将平さんはお兄さんと同じ学校に進学しています。

お兄さんは世田谷学園高等学校を卒業後、柔道の名門である「天理大学」に進学しました。

大野将平さんもお兄さんの後を追うように「天理大学」に進学しています。

「天理大学」の環境が大野将平さんに合っていたそうで、柔道に打ち込めたので良かったと話しています。

兄が技を仕込んでくれた

柔道には沢山の技がありますが、大野将平さんの得意技は「内股」です。

「内股」はお兄さんの得意技だったそうで、お兄さんが大野将平さんに仕込んでくれたそうです。

お兄さんの存在があって、大野将平さんはここまで強くなれたのですね。

【大谷翔平】プロフィールはこちら

生年月日:1992年2月3日

出身地 :山口県山口市

身 長 :170cm

体 重 :73kg

学 歴 :天理大学

まとめ

今回は大野将平さんの家族についてご紹介しました。

大野将平さんは柔道が強いお兄さんに憧れていて、お兄さんの後を追って上京していたことがわかりました。

金メダリストになるほど強くなるとは、家族も予想外だったのかもしれません。

これからも大野将平さんは、柔道を通して周りを感動させてくれることでしょう。